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胴締めスタイル

昨年の夏には通算一か月ほど、旅行と称しましては度々陶材(原土)探しをされておられました藤田先生。その後、考察を重ね今年も土を探しに行かれておりました。「今回の成果は?」と、お伺いいたしましたところ「焼いてみないと分からない」とのことでしたが、手ごたえがありましたようで何だか楽しそうなご様子です。
粘土づくりの後の轆轤挽きを経まして成形されましたお茶碗には、胴にくっきりと箆目が一回り施されておりました。藤田先生にお伺いいたしますと胴締めと言うスタイルなのだそうです。以前、「成形時には、釉の溜り具合などを想定して削る。」とおっしゃっておられましたので、その箆目に釉が溜りどのような焼き上がりになるのか楽しみです。成形時のその他の注意点といたしましては、抹茶茶碗は構造的造形に意味があるのでその約束ごとを知ることが基本とおっしゃっておられました。それを踏まえ、必要以上に手に持たず短時間で仕上げることが重要らしいですよ。因みに、藤田先生の場合は11回で仕上げるのだそうです。

 

百草土に限らず山土の原土は粘土になりきらない性質上、轆轤挽きが難しいのは勿論よく潰れてしまうのだそうです。口辺が円から楕円形へと変化し、横に割れ目が入って・・・見ている間に、また一つペッチャンコ!

※原土(げんつち)・・・今はゲンドと呼ぶ方が多いようですが、昔は陶芸に使用する掘ってきた土はゲンツチと呼んでいたそうです。

| 陶 芸 | 10:21 | comments(0) | trackbacks(0) |
百草土(もぐさつち)

あまり見掛けない被写体でしょう。これは、轆轤挽き直前の百草土の塊(混ぜもの無しの単味)です。

藤田先生の窯仕事(志野茶碗づくり)が、また始まっております。

| 陶 芸 | 10:15 | comments(1) | trackbacks(0) |
サヤ詰め

乾きの早い天気の良い日を選んでの釉薬掛けハマコロ作りを終えられました藤田先生が、サヤ詰めをされていらっしゃった時のご様子です。ハマコロとはお茶碗とぐい呑の間にくっつかないように入れる道具のことで、その作りは単純で簡単です。しかし、そのハマコロの足先がお茶碗の見どころでもあります目跡となるということですので、道具といえどもセンスの問われる作業の一つです。

一つ一つ丁寧に確認されなら、お茶碗やぐい呑が選ばれていきます。藤田先生が志野茶碗を焼かれます時はサヤの中にお茶碗、お茶碗の中にハマコロ、そのハマコロの上にぐい呑をのせます。そのどれもがくっつかないよう細心の注意をはらいながらサヤ詰めがなされていきます。三重構造となりましたサヤ内は、まるで大輪の白バラが咲いたようで綺麗でした。

| 陶 芸 | 11:39 | comments(0) | trackbacks(0) |
絵付け

気分がのっているということで、私たちが擂るお手伝いをさせていただきました鬼板でお茶碗とぐい吞に絵(アクセント)付けをされていらっしゃった藤田先生のご様子です。瞬時に弱い箇所を見極め、そこに素早く絵やアクセントを付けてバランスをとるそうですが、申し分のない造形のものはこの時点で何も施されず無地志野となります。ちなみに、藤田先生の中での「申し分のない造形」とは左右対称で綺麗という意味では無く、それぞれの本体に合った口辺や高台を有しながらも全体にバランスがとれたの造形のことを指しているようです。

削りや絵(アクセント)付けなどの作業のほとんどは立って行われておりました。全身でリズムをとっているような感じで、絵には物語が描かれたものもあり楽しさが伝わってまいります。「今回は絵やアクセントが、いつもより多いですね?」とお尋ねいたしましたところ、「名品に絵がたくさん書かれた賑やかな志野茶碗は無いから、それを狙っている。」とおっしりながら笑っておられました。今なお挑戦する姿勢は素晴らしいです。

| 陶 芸 | 10:54 | comments(0) | trackbacks(0) |
鬼板

藤田先生が絵やアクセント付けに使用されております天然の鬼板(褐鉄鉱)です。何重もの層が板状になることから鬼板と呼ばれているのだそうです。

 

300〜400度で48時間焼いた鬼板です。

 

 

技間30分もかけましてコーヒーの生豆を手煎りいたしております根気強さ(しつこさ?)がかわれましたのか、焼きました鬼板を直径30僂梁腓な乳鉢に入れ細かく砕いて粉末にし、水を加えて中の長石(ガラス質)が無くなるまで擂りつぶすという作業のお手伝いをさせていただくことになりました。最初はサラサラしておりましたが、何時間も擦り続けておりますうちに少しとろみが出てまいりました。ベンガラなどの混ぜ物が一切入っていないのに、この色は凄いです。

 

上の状態のものを暇を見つけては皆で擂り続けました。4〜5日後には想像以上にネットリとしておりました。

 

| 陶 芸 | 10:24 | comments(0) | trackbacks(0) |
志野茶碗 二重高台

「一窯分、出来た。」とおっしゃっておりましたので、もう終わったものだと思っておりましたのに藤田先生の轆轤挽きのあと削るという作業はまだまだ続いております。藤田先生の対談形式で綴られております冊子の中でサヤ詰めのくだりがありますが、それを思い出しました。

 

――  次の工程の、サヤ詰めや窯組みというのはどのようなことをするのですか。

 

藤田  志野釉を掛けた茶碗の中に同じく志野釉を掛けたぐい呑を入れ、それをサヤの中に詰める作業のことをサヤ詰め、そのあとサヤ詰めしたものを窯に詰めていく作業のことを窯組みと言います。ただ適当に積んでいくのではなく茶碗の形や厚さ、火の通り道などを考えながら積んでいくのです。例えば、焚き口に近いところには厚めの茶碗が入ったサヤを置くとかね。季節や天候、窯の中の状態や些細なことによっても火の通り道が違ってくるので、どこに火の通り道ができるかをある程度把握することも必要となってきます。窯の雰囲気によって茶碗の出来が左右されるわけですから、これも経験のいる作業の一つです。

 

――  今、お茶碗の形や厚さを考えてサヤ詰めをされるとおっしゃいましたが、轆轤挽きをされる時に形や厚さの異なったお茶碗を作られているということですか。

 

藤田  たいへん良い質問です、よく気が付きましたね。轆轤挽きし成形した茶碗は何十年も前から作り溜めていて、最近成形したものを含め色々あるのです。古いものは粘土が風化(砂化)しているため、釉薬を掛けて焼くと想像以上に良い仕上がりになる可能性があるので特に楽しみです。しかし、「この茶碗は、いつごろのものですか?」と質問されると非常に困ります。作ったのは何十年も前だけれど、焼いたのはつい最近ということもあり得るからです。

 

――  何十年も前に作っていたお茶碗も一緒に窯に入れて焚いていたなんてビックリですね。その発想も普通では考えられません。それに、これも長い年数が必要ですね。でも、異なった造形で同じ焼けの志野茶碗が誕生するかもしれないと思うと何だかワクワクしてきます。

 

「轆轤挽きし成形した茶碗は何十年も前から作り溜めていて、最近成形したものを含め色々あるのです。」とありましたが、今回の成形では二重高台が数多く削り出されているようです。「瀬戸黒茶碗に比べて志野茶碗に二重高台が少ないのは何故ですか?」と藤田先生に質問いたしましたところ、「二重高台を削り出すことはたいへん難しいので、瀬戸黒茶碗の成形時に練習をしていた。」という返答がかえってまいりました。藤田先生はぐい呑を道具として、お茶碗の中に入れて焼かれることは知っておりましたが、そのぐい呑をお茶碗のつくりと同様に成形しているのも志野茶碗の練習のためだということを初めて知りました。全ては志野茶碗のためだったのですね。そして、その練習は現在もなお続いております。一窯に300〜400個入れて焼いても志野になっているのは1個か2個ということですから、もっともっと作り置きが必要なのかもしれません。ちなみに、冬場ずっと薪ストーブに火を入れているのも成形したお茶碗(土)が凍らないようにするためらしいですよ。

二重高台の志野茶碗の誕生が待たれます。

| 陶 芸 | 10:52 | comments(0) | trackbacks(0) |
抹茶茶碗の品格

茶碗削りの練習に見えられました方に、藤田先生が細かくアドバイスをされていらっしゃいました。一緒に聞かせていただいておりました私は、小さなお茶碗に想像もしなかったような様々なことが考えられていたことに驚きました。ただ形だけを真似ても、茶の湯に用いるお茶碗にはならないのですね。脈々と時代を経て続いてきた「それぞれに意味を持つという茶碗の構造」の奥深さをあらためて勉強させていただきました。長年お茶を嗜まれ、陶芸歴も長いその方が「茶碗の見方が変わった。」とおっしゃったのが印象的でした。

迷いが生じるから一本の箆のみを使用することが理想とおっしゃる藤田先生。その箆さばきには迷いがありません。お茶碗の構造を熟知し、長い年月を経て培われた技が成せる業だと言えるでしょう。しかし単に同じ作業の繰り返しではなく、轆轤挽きや乾きの状態を瞬時に見極め個々の個性(口辺、本体、高台など)を追求していきます。飲み口を決め、柔らかい土(粘土)を手早く、絵を描くが如く滑らかに軽やかに削り進めます。釉薬を掛けた時、焼き上がった時にどのような仕上がりになるかということまで計算して削っているというのも驚きです。一本の手作りの箆から魔法のように創出される躍動感あふれる藤田先生のお茶碗が、品があって美しいと言われる所以なのかも知れません。

| 陶 芸 | 11:01 | comments(0) | trackbacks(0) |
ぐい呑み、轆轤挽きと削り

りんご箱に、たくさん入っておりますのは轆轤挽きがされましたぐい呑です。轆轤挽きいたしましたお茶碗を乾き具合などを見ながら削るという作業を何回も繰り返しておりました藤田先生。ようやく一段落つきましたようで、今度はぐい呑の番です。志野を焼く場合、藤田先生はサヤの中にお茶碗、そのお茶碗の中にぐい呑を入れますので、ぐい呑の数もお茶碗以上に必要です。お茶碗と同数ではなくお茶碗以上というのは、窯焚きの際にテストピースとしても使用するからです。

 

タイミングが重要という削り。冬の寒い時期、お湯で手を温めながらの作業は大変そうです。

| 陶 芸 | 11:26 | comments(0) | trackbacks(0) |
陶芸 茶碗の削り

最近、藤田先生は工房内で轆轤挽きを終えました茶碗を削っておられますので、室内の一角には木箆やしっぴきなどの手作り道具がそのまま置かれておりました。

 

今月のお茶を飲もう会に陶芸をされる方が何人かご参加いただいておりましたので、ラッキーなことに藤田先生がお茶碗を削るところを私たちも見せていただくことができました。その後、先生ご指導のもと削りを体験さた方もおられました。ちなみに土は百草土では無かったようですが、柔らかい土だったと削られた方が驚いたようにおっしゃっていました。

 

| 陶 芸 | 11:22 | comments(0) | trackbacks(0) |
陶材探しの旅

藤田先生、陶材探しの一人旅より八日ぶりのご帰還です。茶杓作りに用います良質の煤竹は入手することが出来て嬉しかったようですが、肝心の陶材のほうは収穫無しとのことでした。悔しくて、愛媛へ戻りかけてまた折り返して探しに行かれたという藤田先生らしいエピソードや、旅先で懐かしい方々とお逢いできたという楽しいお土産話をたくさん聞かせていただきました。それにいたしましても、ランドクルーザーで八日間も走り続ける行動力と体力には驚かされます。先生曰く「手を縛り、足を縛りしていては何も出来ない。千手観音様のようにたくさんの手を持ち、一つがダメでも次の手があるという風に考えることが大事」と。考えさせられるお言葉ではありましたが、手を手(策)とかけたところが陶芸家の藤田先生らしいと思いました。八十才を越えても今なお探求心を持って夢を追い続ける藤田先生。見つけるまでは、たくさんの手(策)をもって今後も陶材探しをすることでしょう。

 

今回の旅で藤田先生が撮影されました写真の一部です。

 

 

 

| 陶 芸 | 11:17 | comments(0) | trackbacks(0) |