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ハマコロ作り

ハマコロとは藤田先生が志野茶碗を焼く際にお茶碗とぐい呑みの間に入れてくっつかないようにするための道具です。志野茶碗を焼くための必需品ですが、一度使用すると足先が大きくなるという理由で捨ててしまうのだそうです。次回の窯焚きに向け、またまた何百個ものハマコロ作りが始まりました。

| 陶 芸 | 14:28 | comments(0) | trackbacks(0) |
大きな窯

長くて見上げるほど大きな薪窯。藤田先生は、この窯で志野茶碗を焼くための準備をされていらっしゃいます。お茶碗は勿論、お茶碗の中に入れるぐい呑もお茶碗以上に必要なため現在作り溜めるなどの窯仕事にお忙しそうです。並行しまして先日は、窯の乾燥と火の流れ等を把握するという目的で大量のサヤを詰めて何日間か窯焚きをされました。
昨日は朝から、元本職さんを含む何名かのお手伝いの方が見えられ、想定内だというその際にできましたアーチ型の天井等のヒビ割れの補修作業が行われました。

 

| 陶 芸 | 12:05 | comments(0) | trackbacks(0) |
志野焼 粘土作り

「百草土の塊(原土)を粘土にする方法は難しいのですか?」と以前、藤田先生にお伺いしたことがありました。「粘土作りは簡単で、最大のコツは土をよく乾燥させることと綺麗にしすぎないこと。」とおっしゃり、その時に大まかな作業方法を教えてくださいました。
その内容は「百草土の原土を粗莚の上で幾日もかけてよく乾燥させ、そのあと木槌で打って粒を揃え、それをタンクに取って上から水を加える。一週間後に元の粗莚の上で水切りをし、帆布の上で二〜三時間ほど踏み、その時に中に入っている小石を取り除く。その後、練り台の上で大押しにかけて轆轤で挽きやすい大きさに揃え、それを室に入れて乾燥を防ぐ。」というものでした。
最近 1トンもの百草土で粘土を作る作業を実際に見せていただいておりますが、どの作業も手間がかかってたいへんそうですが、特に「・・・上から水を加える。一週間後に・・・」は、さすがに省略のし過ぎでしょうと思ってしまいましたのは、百草土と水を複数の大きなタンクの中で攪拌し、溶けた分だけ漉して巨大タンクに移していくという作業(濃度を順次濃くしていくらしい)が繰り返し何日間もかけて行われていたからです。見たり聞いたりするだけでは分からないことってたくさんありますね。

| 陶 芸 | 11:21 | comments(0) | trackbacks(0) |
矢筈口の志野水指

以前よりも更に大きく(背が高い)轆轤挽きされました志野矢筈口水指が乾燥(凍らないよう)のため、一日中ズ〜ッと暖かい室内に並べられております。昨年末からの水指作りは、作っても作っても乾燥中に次々と壊れてしまうという残念な状態が続いておりますのに、最初頃に作りました水指も壊してしまわれるのだとか。陶芸をされます方々も、初めて見たという粘り気の無い粘土(百草土の原土)を30cm近くも挽き上げるという藤田先生の轆轤挽きや矢筈口の作り方などを真剣にご覧になっておられました。

挽きたてホヤホヤの志野矢筈口水指。どちらの造形もこのままで充分素敵だと思うのですが、このあと乾き具合を見計らって削りがなされ個性が更に際立ってまいります。

 

残念! 粘り気の無い百草土を用いておりますので潰れ方も大胆です。

 

| 陶 芸 | 13:21 | comments(0) | trackbacks(0) |
志野水指に使用の百草土

40年ぶりに矢筈口志野水指を制作中の藤田先生の元には千載一遇のチャンスということで、前々からお付き合いのあります若い陶芸家の方々が県外から次々と見えられております。

 

粘土作りと並行しましてのロクロ挽き。使用されますのはピンク色をしました肌理の細かい百草土の粘土ですが、中には小石(瑪瑙など)が入っておりました。藤田先生は粘土作りやロクロ挽きの際、自然のまま小石も除かないのだとか。

志野水指の側面には小石が顔をのぞかせておりました。

| 陶 芸 | 11:30 | comments(0) | trackbacks(0) |
志野矢筈口水指

藤田先生がお元気で窯仕事をされていらっしゃるご様子に、自分も負けずに頑張りたいとのお声が全国から届いております。藤田先生は年中、猪突猛進。年末より志野矢筈口水指(しのやはずぐちみずさし)作りに邁進されていらっしゃいます。


藤田先生がお若い頃に作られたという志野矢筈口水指をご覧になり、見た目だけで無くその技術力の高さに驚かれたという著名な茶道家の方がいらっしゃいました。そんな志野矢筈口水指づくりを四十年ぶりに始められました藤田先生。当然のことながら初めて拝見させていただいております。
中に空気を含むパイプ状(裏側に隙間が無い始末方法)の口造りが特に難しいとのことですが、そこに行きつくまでには造形上30cm近くもの高さを確保しなければならないのだとか。百草土の原土はそのサクサクとした粘りの無い土質のため、他の材よりも扱いが容易でないことは前々から陶芸をされる皆様方からもよくお聞きいたしておりましたので、そのたいへんさがうかがえます。昔から水指を形作る方法は様々あるそうですが、「職人の意地」をもち出し轆轤を用いて一気に引き上げるという難しい方法をあえて選択するという姿勢はやはり藤田先生らしいです。
「何十年も水指は作っていないから作り方を忘れてしまった」とおっしゃりながら、口造りを作るために極限まで柔らかくしたという百草土。厚さ5个曚匹鯤櫃舛覆ら30cm近くの高さまで一機に轆轤で引き上げ、そのままクルッとパイプ状に口造りを作るという至難の業に、これが「技術力の高さ」と評された所以なのだとあらためて感心いたしております。今回は更にそのまま轆轤を回しながら胴や胴裾(ハカマ)の仕上げに入られたため、轆轤が高速回転する度に口造りがブルンブルンと振り回されてグニャッとしている状態を目の当たりにしました私はハラハラ、ドキドキが止まりませんでした。スッキリした中にも野暮ったさが要るという藤田先生の志野矢筈口水指。その仕上げにも目が離せません。

| 陶 芸 | 11:49 | comments(0) | trackbacks(0) |
志野水指の共蓋

蓋の有りませんでした志野水指の本体に合わせまして蓋を作られるという藤田先生の轆轤挽きに遭遇いたしました折には、ビューンと超高速で回る轆轤にビックリして思わず「速っ!」と叫んだものでした。大きさや厚みなどがミリ単位で微妙に異なりました平らなお皿のようなものが何枚もロクロ挽きされ、一つ一つ特徴付けられました後に大胆で個性的な持ち手が素早く取り付けらていきました。もうこれで完成かと思っておりましたところ、その後も一つ一つ水指の本体と合わせられました蓋の裏面にも丁寧な調整が行われ、乾燥後に志野釉(千倉石)が掛けられました。


藤田先生は何度目かの窯焚きを既に終えられておられますので、志野水指の蓋も複数個焼けております。焼く前よりあきらかに数が少なくなっております蓋を前に、乾燥や焼成時に収縮して割れたり大きく変化する本体と蓋との関係や焼き方次第で変ってくるという肌合いや色味をピタッと合わせることが想像以上に難しかったことを初めて知りました。それでも志野水指本体とサイズの合いそうな何枚かの蓋を組み合わせながら楽しむという滅多に無い貴重な体験にはテンションが上がりました。蓋の形状や厚み、持ち手、肌合い、色味などが異なると水指全体の雰囲気や表情が随分と違って見えるものだとあらためて勉強させていただきました。皆様との賑やかな志野水指談義の中、志野の水指の評価が高かったことは言うまでもありませんが蓋に関しましても「塗蓋も良いけれど、本体と蓋が同じ素材の共蓋がやっぱり一体感があって落ち着くね。」ということで意見が一致いたしました。

| 陶 芸 | 09:46 | comments(0) | trackbacks(0) |
試し焼き

藤田先生の「焼けたぞ!」との声に「矢も楯もたまらず・・・」と関西(大阪)から見えられた方がいらっしゃいました。

 

粘土作り、轆轤挽き、成形、絵付け、釉薬掛けまでの工程が完了いたしておりますお茶碗とぐい呑を冬場の窯焚きに向けてずっと作り溜めておられましたので複数回の窯焚きが可能なのだそうです。
先日終了いたしました窯焚きは、今年の夏に取ってこられました陶土の試し焼きを兼ねておりました。焼き上がりましたその志野茶碗が基準となり、次回からの窯焚きが進められます。土の状態や仕上がりなど、焼いてみないと分からなかったことが細かくチェックされ新しい土の性質が把握されていきます。それを踏まえての焼き方や温度調整などの構想が練られ、前回とは全く違う焼き方をするという藤田先生ならではの窯焚きが今後もまだまだ続くようです。

 

 

| 陶 芸 | 13:18 | comments(0) | trackbacks(0) |
窯仕事 窯焚きに向けて

藤田先生の窯仕事は続いております。力仕事あり、たくさんの工程あり、道具作りなどを含め手間のかかる作業が次々とこなされていきます。

■粘土作り

――  百草土の塊(原土)を、粘土にする方法は難しいのですか。

藤田  粘土作りの最大のコツは、土をよく乾燥させることと綺麗にしすぎないということでしょうか。百草土の原土を粗莚の上で幾日もかけてよく乾燥させ、そのあと木槌で打って粒を揃えます。それをタンクに取り、上から水を加えて一週間後に元の粗莚の上で水切りをします。帆布の上で二〜三時間ほど踏みますが、その時に中に入っている小石を除きます。練り台の上で大押しにかけ、轆轤で挽きやすい大きさに揃えてそれを室に入れて乾燥を防ぎます。百草土の原土は粘りが無いので轆轤挽きが難しく、何年もかかりました。

※百草土の原土は粘り気が無いため、非常に扱いが難しいということは陶芸をされます方々からはよく聞く話です。以前、「新居の玄関に志野焼きの表札を掛けるのが夢」と、おっしゃり関東からわざわざ来られました方に藤田先生は百草土の原土では難しいから諦めるようにとおっしゃいましたが、折角だからと何十個も作られた方がいらっしゃいました。しかし、乾燥中全てにヒビが入り夢は叶わなかったという残念なエピソードを思い出しました。

 


■絵付け  -無地志野茶碗 -
志野茶碗を焼くための粘土(百草土)作り、轆轤挽き、削りと続きまして今度は絵付けが始まりました。一つ一つの形を見ながら絵付けがなされますが、造形に申し分がないものは無地志野になります。藤田先生の「今回、一番の器量良し。」という声を聞きましたので、写真撮影をさせていただきました。

 

■道具作り  -ヘラ- 

藤田先生が箆(ヘラ)を1本作られました。以前、箆作りを見せていただくまでは短いものしか見たことがありませんでしたので、初めから短いものだと思い込んでおりました。ですので、作りたての木の箆は長かったことに驚いたものでした。その時に木目を読んで刃を付けることや削り出す向きなども考えなければいけないということを藤田先生からお聞きいたしましたが、「それ以前に材料となる赤松がなかなか無い」と、ご一緒しておりました長年陶芸をされていらっしゃる方がおっしゃいました。藤田先生の工房には窯焚き用に赤松の丸太が常時たくさん積まれておりましたので不思議でしたが、箆作りに重要な真直ぐな木目の材が少ないので、見付けられたその都度に削っていらしたようです。

使いやすい箆ほどよく使われますので小さくなります。初めて見せていただきました時は、使い込んだらこんなに小さくなるなんて想像しておりませんでした。藤田先生はこの箆一本で成形をされますが、「見ただけでは出来ない。」と、箆をプレゼントしていただいた方は使い方(削り方)が分からず藤田先生に削り方を教わるまで大切に持っていらしたそうです。

 

■道具作り  -ハマコロ-
志野茶碗を焼く時に必要なハマコロを藤田先生が大量に作るというところに遭遇いたしました。数がたいへん多く根気のいる作業ですが、シンプルな見た目で簡単そうに見えましたのでお手伝いさせていただくことになりましたが、実際には出来ることは限られておりました。ひび割れ対策といたしまして粘土の種類選択や水分量の調節は既に行われていたようですので、ハマコロ一つ分の重さを計って球体(粘土のお団子)を作るくらいでした。そのお団子は均一の厚さに一つ一つ潰され、円形のビスケットのようなものが大量に並べられました。表面に凹凸(無いと本体と足が上手にくっつかないらしい)が付いた丸いビスケットのようなものの端には、足が目跡の数だけ藤田先生の手で付けらていきました。志野茶碗の見込み内の目跡となります足先の形や向きは特に重要ですので、ハマコロ作りも結局は藤田先生にしか出来ない作業のようです。

※ハマコロ ― 藤田先生が志野茶碗を焼く際に、お茶碗とぐい呑みの間に入れてくっつかないようにするための道具です。

| 陶 芸 | 11:13 | comments(0) | trackbacks(0) |
百草土のお引越し

 

百草土の大きな塊を取った後に、メノウの原石をディスプレイしてみました。

藤田先生が所有しています16トンの百草土です。何年もかかって手掘りで取ってもらったという貴重なその土は綺麗なピンク色で肌理が細かくスベスベしています。
現在の工房へ移って来ました時には既にシートが掛かった状態で置かれておりましたので、興味のあるお客様が見えられた時にシートの隙間から見せていただくというぐらいのものでした。今回、下にコンクリートが敷かれることになり重機で移動されましたので間近で見ることができました。
その百草土を用いまして藤田先生が粘土を作るということで、充分に乾燥しました百草土の塊を大容量の容器に入れていくという簡単な作業を手伝わせていただきました。その際、百草土に混じりました小石を無造作に取り除いておりますと、「それは、メノウの原石だ。」と教えていただきましたので、あちらこちらに散らばっておりました小石を急いで拾い集めました。藤田先生の工房で、たくさんのメノウ原石を見つけられるなんて驚きでした。

 


<百草土が手掘りされた理由>

 

―― 先生が焼かれる志野の土とはどのようなものなのですか。

 

藤田 私が志野を焼いているのは百草土(モグサツチ)と言い、鉄気が少なく粘り気の全く無い土です。百草土という名前の由来は諸説ありますが、昔は川であった水の少ない痩せ地(現在は川でないところ)で、河原蓬(カワラヨモギ)の自生する場所にあると聞いたことがあります。お灸に使用されるもぐさに似てパサパサした土ということかも知れません。
私はその百草土の原土を混ぜ物なしの単味で焼いています。粘り気が無いため成形が極めて難しい土なのですが、長く焼くとやわらかい質感なのに物凄く硬くて頑丈になるのです。

 

―― その百草土というのは、どこの土ですか。

 

藤田 岐阜県可児市の土で、三億年ぐらいも前のものです。掘れば何処からでも出てくるというものではなく、この地方のごく限られた四キロ四方にしか存在しない土なのです。木や草の炭化物がたくさん混じった土で、丸い玉状で出てきます。現在はもう取れなくなっているので、私が所有している十六トンの百草土が最後ではないでしょうか。

 

―― どこに出てくるかが分からないというのは、どういうことでしょう。

 

藤田 地層になっているところであれば掘るとそこから出てくるのですが、根砂に包まれた丸い玉状でコロコロと転がってきているので、その塊を一つ一つ探さなければならないのです。

 

| 陶 芸 | 10:27 | comments(0) | trackbacks(0) |