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窯仕事 窯焚きに向けて

藤田先生の窯仕事は続いております。力仕事あり、たくさんの工程あり、道具作りなどを含め手間のかかる作業が次々とこなされていきます。

■粘土作り

――  百草土の塊(原土)を、粘土にする方法は難しいのですか。

藤田  粘土作りの最大のコツは、土をよく乾燥させることと綺麗にしすぎないということでしょうか。百草土の原土を粗莚の上で幾日もかけてよく乾燥させ、そのあと木槌で打って粒を揃えます。それをタンクに取り、上から水を加えて一週間後に元の粗莚の上で水切りをします。帆布の上で二〜三時間ほど踏みますが、その時に中に入っている小石を除きます。練り台の上で大押しにかけ、轆轤で挽きやすい大きさに揃えてそれを室に入れて乾燥を防ぎます。百草土の原土は粘りが無いので轆轤挽きが難しく、何年もかかりました。

※百草土の原土は粘り気が無いため、非常に扱いが難しいということは陶芸をされます方々からはよく聞く話です。以前、「新居の玄関に志野焼きの表札を掛けるのが夢」と、おっしゃり関東からわざわざ来られました方に藤田先生は百草土の原土では難しいから諦めるようにとおっしゃいましたが、折角だからと何十個も作られた方がいらっしゃいました。しかし、乾燥中全てにヒビが入り夢は叶わなかったという残念なエピソードを思い出しました。

 


■絵付け  -無地志野茶碗 -
志野茶碗を焼くための粘土(百草土)作り、轆轤挽き、削りと続きまして今度は絵付けが始まりました。一つ一つの形を見ながら絵付けがなされますが、造形に申し分がないものは無地志野になります。藤田先生の「今回、一番の器量良し。」という声を聞きましたので、写真撮影をさせていただきました。

 

■道具作り  -ヘラ- 

藤田先生が箆(ヘラ)を1本作られました。以前、箆作りを見せていただくまでは短いものしか見たことがありませんでしたので、初めから短いものだと思い込んでおりました。ですので、作りたての木の箆は長かったことに驚いたものでした。その時に木目を読んで刃を付けることや削り出す向きなども考えなければいけないということを藤田先生からお聞きいたしましたが、「それ以前に材料となる赤松がなかなか無い」と、ご一緒しておりました長年陶芸をされていらっしゃる方がおっしゃいました。藤田先生の工房には窯焚き用に赤松の丸太が常時たくさん積まれておりましたので不思議でしたが、箆作りに重要な真直ぐな木目の材が少ないので、見付けられたその都度に削っていらしたようです。

使いやすい箆ほどよく使われますので小さくなります。初めて見せていただきました時は、使い込んだらこんなに小さくなるなんて想像しておりませんでした。藤田先生はこの箆一本で成形をされますが、「見ただけでは出来ない。」と、箆をプレゼントしていただいた方は使い方(削り方)が分からず藤田先生に削り方を教わるまで大切に持っていらしたそうです。

 

■道具作り  -ハマコロ-
志野茶碗を焼く時に必要なハマコロを藤田先生が大量に作るというところに遭遇いたしました。数がたいへん多く根気のいる作業ですが、シンプルな見た目で簡単そうに見えましたのでお手伝いさせていただくことになりましたが、実際には出来ることは限られておりました。ひび割れ対策といたしまして粘土の種類選択や水分量の調節は既に行われていたようですので、ハマコロ一つ分の重さを計って球体(粘土のお団子)を作るくらいでした。そのお団子は均一の厚さに一つ一つ潰され、円形のビスケットのようなものが大量に並べられました。表面に凹凸(無いと本体と足が上手にくっつかないらしい)が付いた丸いビスケットのようなものの端には、足が目跡の数だけ藤田先生の手で付けらていきました。志野茶碗の見込み内の目跡となります足先の形や向きは特に重要ですので、ハマコロ作りも結局は藤田先生にしか出来ない作業のようです。

※ハマコロ ― 藤田先生が志野茶碗を焼く際に、お茶碗とぐい呑みの間に入れてくっつかないようにするための道具です。

| 陶 芸 | 11:13 | comments(0) | trackbacks(0) |
百草土のお引越し

 

百草土の大きな塊を取った後に、メノウの原石をディスプレイしてみました。

藤田先生が所有しています16トンの百草土です。何年もかかって手掘りで取ってもらったという貴重なその土は綺麗なピンク色で肌理が細かくスベスベしています。
現在の工房へ移って来ました時には既にシートが掛かった状態で置かれておりましたので、興味のあるお客様が見えられた時にシートの隙間から見せていただくというぐらいのものでした。今回、下にコンクリートが敷かれることになり重機で移動されましたので間近で見ることができました。
その百草土を用いまして藤田先生が粘土を作るということで、充分に乾燥しました百草土の塊を大容量の容器に入れていくという簡単な作業を手伝わせていただきました。その際、百草土に混じりました小石を無造作に取り除いておりますと、「それは、メノウの原石だ。」と教えていただきましたので、あちらこちらに散らばっておりました小石を急いで拾い集めました。藤田先生の工房で、たくさんのメノウ原石を見つけられるなんて驚きでした。

 


<百草土が手掘りされた理由>

 

―― 先生が焼かれる志野の土とはどのようなものなのですか。

 

藤田 私が志野を焼いているのは百草土(モグサツチ)と言い、鉄気が少なく粘り気の全く無い土です。百草土という名前の由来は諸説ありますが、昔は川であった水の少ない痩せ地(現在は川でないところ)で、河原蓬(カワラヨモギ)の自生する場所にあると聞いたことがあります。お灸に使用されるもぐさに似てパサパサした土ということかも知れません。
私はその百草土の原土を混ぜ物なしの単味で焼いています。粘り気が無いため成形が極めて難しい土なのですが、長く焼くとやわらかい質感なのに物凄く硬くて頑丈になるのです。

 

―― その百草土というのは、どこの土ですか。

 

藤田 岐阜県可児市の土で、三億年ぐらいも前のものです。掘れば何処からでも出てくるというものではなく、この地方のごく限られた四キロ四方にしか存在しない土なのです。木や草の炭化物がたくさん混じった土で、丸い玉状で出てきます。現在はもう取れなくなっているので、私が所有している十六トンの百草土が最後ではないでしょうか。

 

―― どこに出てくるかが分からないというのは、どういうことでしょう。

 

藤田 地層になっているところであれば掘るとそこから出てくるのですが、根砂に包まれた丸い玉状でコロコロと転がってきているので、その塊を一つ一つ探さなければならないのです。

 

| 陶 芸 | 10:27 | comments(0) | trackbacks(0) |
胴締めスタイル

昨年の夏には通算一か月ほど、旅行と称しましては度々陶材(原土)探しをされておられました藤田先生。その後、考察を重ね今年も土を探しに行かれておりました。「今回の成果は?」と、お伺いいたしましたところ「焼いてみないと分からない」とのことでしたが、手ごたえがありましたようで何だか楽しそうなご様子です。
粘土づくりの後の轆轤挽きを経まして成形されましたお茶碗には、胴にくっきりと箆目が一回り施されておりました。藤田先生にお伺いいたしますと胴締めと言うスタイルなのだそうです。以前、「成形時には、釉の溜り具合などを想定して削る。」とおっしゃっておられましたので、その箆目に釉が溜りどのような焼き上がりになるのか楽しみです。成形時のその他の注意点といたしましては、抹茶茶碗は構造的造形に意味があるのでその約束ごとを知ることが基本とおっしゃっておられました。それを踏まえ、必要以上に手に持たず短時間で仕上げることが重要らしいですよ。因みに、藤田先生の場合は11回で仕上げるのだそうです。

 

百草土に限らず山土の原土は粘土になりきらない性質上、轆轤挽きが難しいのは勿論よく潰れてしまうのだそうです。口辺が円から楕円形へと変化し、横に割れ目が入って・・・見ている間に、また一つペッチャンコ!

※原土(げんつち)・・・今はゲンドと呼ぶ方が多いようですが、昔は陶芸に使用する掘ってきた土はゲンツチと呼んでいたそうです。

| 陶 芸 | 10:21 | comments(0) | trackbacks(0) |
百草土(もぐさつち)

あまり見掛けない被写体でしょう。これは、轆轤挽き直前の百草土の塊(混ぜもの無しの単味)です。

藤田先生の窯仕事(志野茶碗づくり)が、また始まっております。

| 陶 芸 | 10:15 | comments(1) | trackbacks(0) |
サヤ詰め

乾きの早い天気の良い日を選んでの釉薬掛けハマコロ作りを終えられました藤田先生が、サヤ詰めをされていらっしゃった時のご様子です。ハマコロとはお茶碗とぐい呑の間にくっつかないように入れる道具のことで、その作りは単純で簡単です。しかし、そのハマコロの足先がお茶碗の見どころでもあります目跡となるということですので、道具といえどもセンスの問われる作業の一つです。

一つ一つ丁寧に確認されなら、お茶碗やぐい呑が選ばれていきます。藤田先生が志野茶碗を焼かれます時はサヤの中にお茶碗、お茶碗の中にハマコロ、そのハマコロの上にぐい呑をのせます。そのどれもがくっつかないよう細心の注意をはらいながらサヤ詰めがなされていきます。三重構造となりましたサヤ内は、まるで大輪の白バラが咲いたようで綺麗でした。

| 陶 芸 | 11:39 | comments(0) | trackbacks(0) |
絵付け

気分がのっているということで、私たちが擂るお手伝いをさせていただきました鬼板でお茶碗とぐい吞に絵(アクセント)付けをされていらっしゃった藤田先生のご様子です。瞬時に弱い箇所を見極め、そこに素早く絵やアクセントを付けてバランスをとるそうですが、申し分のない造形のものはこの時点で何も施されず無地志野となります。ちなみに、藤田先生の中での「申し分のない造形」とは左右対称で綺麗という意味では無く、それぞれの本体に合った口辺や高台を有しながらも全体にバランスがとれたの造形のことを指しているようです。

削りや絵(アクセント)付けなどの作業のほとんどは立って行われておりました。全身でリズムをとっているような感じで、絵には物語が描かれたものもあり楽しさが伝わってまいります。「今回は絵やアクセントが、いつもより多いですね?」とお尋ねいたしましたところ、「名品に絵がたくさん書かれた賑やかな志野茶碗は無いから、それを狙っている。」とおっしりながら笑っておられました。今なお挑戦する姿勢は素晴らしいです。

| 陶 芸 | 10:54 | comments(0) | trackbacks(0) |
鬼板

藤田先生が絵やアクセント付けに使用されております天然の鬼板(褐鉄鉱)です。何重もの層が板状になることから鬼板と呼ばれているのだそうです。

 

300〜400度で48時間焼いた鬼板です。

 

 

技間30分もかけましてコーヒーの生豆を手煎りいたしております根気強さ(しつこさ?)がかわれましたのか、焼きました鬼板を直径30僂梁腓な乳鉢に入れ細かく砕いて粉末にし、水を加えて中の長石(ガラス質)が無くなるまで擂りつぶすという作業のお手伝いをさせていただくことになりました。最初はサラサラしておりましたが、何時間も擦り続けておりますうちに少しとろみが出てまいりました。ベンガラなどの混ぜ物が一切入っていないのに、この色は凄いです。

 

上の状態のものを暇を見つけては皆で擂り続けました。4〜5日後には想像以上にネットリとしておりました。

 

| 陶 芸 | 10:24 | comments(0) | trackbacks(0) |
志野茶碗 二重高台

「一窯分、出来た。」とおっしゃっておりましたので、もう終わったものだと思っておりましたのに藤田先生の轆轤挽きのあと削るという作業はまだまだ続いております。藤田先生の対談形式で綴られております冊子の中でサヤ詰めのくだりがありますが、それを思い出しました。

 

――  次の工程の、サヤ詰めや窯組みというのはどのようなことをするのですか。

 

藤田  志野釉を掛けた茶碗の中に同じく志野釉を掛けたぐい呑を入れ、それをサヤの中に詰める作業のことをサヤ詰め、そのあとサヤ詰めしたものを窯に詰めていく作業のことを窯組みと言います。ただ適当に積んでいくのではなく茶碗の形や厚さ、火の通り道などを考えながら積んでいくのです。例えば、焚き口に近いところには厚めの茶碗が入ったサヤを置くとかね。季節や天候、窯の中の状態や些細なことによっても火の通り道が違ってくるので、どこに火の通り道ができるかをある程度把握することも必要となってきます。窯の雰囲気によって茶碗の出来が左右されるわけですから、これも経験のいる作業の一つです。

 

――  今、お茶碗の形や厚さを考えてサヤ詰めをされるとおっしゃいましたが、轆轤挽きをされる時に形や厚さの異なったお茶碗を作られているということですか。

 

藤田  たいへん良い質問です、よく気が付きましたね。轆轤挽きし成形した茶碗は何十年も前から作り溜めていて、最近成形したものを含め色々あるのです。古いものは粘土が風化(砂化)しているため、釉薬を掛けて焼くと想像以上に良い仕上がりになる可能性があるので特に楽しみです。しかし、「この茶碗は、いつごろのものですか?」と質問されると非常に困ります。作ったのは何十年も前だけれど、焼いたのはつい最近ということもあり得るからです。

 

――  何十年も前に作っていたお茶碗も一緒に窯に入れて焚いていたなんてビックリですね。その発想も普通では考えられません。それに、これも長い年数が必要ですね。でも、異なった造形で同じ焼けの志野茶碗が誕生するかもしれないと思うと何だかワクワクしてきます。

 

「轆轤挽きし成形した茶碗は何十年も前から作り溜めていて、最近成形したものを含め色々あるのです。」とありましたが、今回の成形では二重高台が数多く削り出されているようです。「瀬戸黒茶碗に比べて志野茶碗に二重高台が少ないのは何故ですか?」と藤田先生に質問いたしましたところ、「二重高台を削り出すことはたいへん難しいので、瀬戸黒茶碗の成形時に練習をしていた。」という返答がかえってまいりました。藤田先生はぐい呑を道具として、お茶碗の中に入れて焼かれることは知っておりましたが、そのぐい呑をお茶碗のつくりと同様に成形しているのも志野茶碗の練習のためだということを初めて知りました。全ては志野茶碗のためだったのですね。そして、その練習は現在もなお続いております。一窯に300〜400個入れて焼いても志野になっているのは1個か2個ということですから、もっともっと作り置きが必要なのかもしれません。ちなみに、冬場ずっと薪ストーブに火を入れているのも成形したお茶碗(土)が凍らないようにするためらしいですよ。

二重高台の志野茶碗の誕生が待たれます。

| 陶 芸 | 10:52 | comments(0) | trackbacks(0) |
抹茶茶碗の品格

茶碗削りの練習に見えられました方に、藤田先生が細かくアドバイスをされていらっしゃいました。一緒に聞かせていただいておりました私は、小さなお茶碗に想像もしなかったような様々なことが考えられていたことに驚きました。ただ形だけを真似ても、茶の湯に用いるお茶碗にはならないのですね。脈々と時代を経て続いてきた「それぞれに意味を持つという茶碗の構造」の奥深さをあらためて勉強させていただきました。長年お茶を嗜まれ、陶芸歴も長いその方が「茶碗の見方が変わった。」とおっしゃったのが印象的でした。

迷いが生じるから一本の箆のみを使用することが理想とおっしゃる藤田先生。その箆さばきには迷いがありません。お茶碗の構造を熟知し、長い年月を経て培われた技が成せる業だと言えるでしょう。しかし単に同じ作業の繰り返しではなく、轆轤挽きや乾きの状態を瞬時に見極め個々の個性(口辺、本体、高台など)を追求していきます。飲み口を決め、柔らかい土(粘土)を手早く、絵を描くが如く滑らかに軽やかに削り進めます。釉薬を掛けた時、焼き上がった時にどのような仕上がりになるかということまで計算して削っているというのも驚きです。一本の手作りの箆から魔法のように創出される躍動感あふれる藤田先生のお茶碗が、品があって美しいと言われる所以なのかも知れません。

| 陶 芸 | 11:01 | comments(0) | trackbacks(0) |
ぐい呑み、轆轤挽きと削り

りんご箱に、たくさん入っておりますのは轆轤挽きがされましたぐい呑です。轆轤挽きいたしましたお茶碗を乾き具合などを見ながら削るという作業を何回も繰り返しておりました藤田先生。ようやく一段落つきましたようで、今度はぐい呑の番です。志野を焼く場合、藤田先生はサヤの中にお茶碗、そのお茶碗の中にぐい呑を入れますので、ぐい呑の数もお茶碗以上に必要です。お茶碗と同数ではなくお茶碗以上というのは、窯焚きの際にテストピースとしても使用するからです。

 

タイミングが重要という削り。冬の寒い時期、お湯で手を温めながらの作業は大変そうです。

| 陶 芸 | 11:26 | comments(0) | trackbacks(0) |