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志野茶碗 二重高台

「一窯分、出来た。」とおっしゃっておりましたので、もう終わったものだと思っておりましたのに藤田先生の轆轤挽きのあと削るという作業はまだまだ続いております。藤田先生の対談形式で綴られております冊子の中でサヤ詰めのくだりがありますが、それを思い出しました。

 

――  次の工程の、サヤ詰めや窯組みというのはどのようなことをするのですか。

 

藤田  志野釉を掛けた茶碗の中に同じく志野釉を掛けたぐい呑を入れ、それをサヤの中に詰める作業のことをサヤ詰め、そのあとサヤ詰めしたものを窯に詰めていく作業のことを窯組みと言います。ただ適当に積んでいくのではなく茶碗の形や厚さ、火の通り道などを考えながら積んでいくのです。例えば、焚き口に近いところには厚めの茶碗が入ったサヤを置くとかね。季節や天候、窯の中の状態や些細なことによっても火の通り道が違ってくるので、どこに火の通り道ができるかをある程度把握することも必要となってきます。窯の雰囲気によって茶碗の出来が左右されるわけですから、これも経験のいる作業の一つです。

 

――  今、お茶碗の形や厚さを考えてサヤ詰めをされるとおっしゃいましたが、轆轤挽きをされる時に形や厚さの異なったお茶碗を作られているということですか。

 

藤田  たいへん良い質問です、よく気が付きましたね。轆轤挽きし成形した茶碗は何十年も前から作り溜めていて、最近成形したものを含め色々あるのです。古いものは粘土が風化(砂化)しているため、釉薬を掛けて焼くと想像以上に良い仕上がりになる可能性があるので特に楽しみです。しかし、「この茶碗は、いつごろのものですか?」と質問されると非常に困ります。作ったのは何十年も前だけれど、焼いたのはつい最近ということもあり得るからです。

 

――  何十年も前に作っていたお茶碗も一緒に窯に入れて焚いていたなんてビックリですね。その発想も普通では考えられません。それに、これも長い年数が必要ですね。でも、異なった造形で同じ焼けの志野茶碗が誕生するかもしれないと思うと何だかワクワクしてきます。

 

「轆轤挽きし成形した茶碗は何十年も前から作り溜めていて、最近成形したものを含め色々あるのです。」とありましたが、今回の成形では二重高台が数多く削り出されているようです。「瀬戸黒茶碗に比べて志野茶碗に二重高台が少ないのは何故ですか?」と藤田先生に質問いたしましたところ、「二重高台を削り出すことはたいへん難しいので、瀬戸黒茶碗の成形時に練習をしていた。」という返答がかえってまいりました。藤田先生はぐい呑を道具として、お茶碗の中に入れて焼かれることは知っておりましたが、そのぐい呑をお茶碗のつくりと同様に成形しているのも志野茶碗の練習のためだということを初めて知りました。全ては志野茶碗のためだったのですね。そして、その練習は現在もなお続いております。一窯に300〜400個入れて焼いても志野になっているのは1個か2個ということですから、もっともっと作り置きが必要なのかもしれません。ちなみに、冬場ずっと薪ストーブに火を入れているのも成形したお茶碗(土)が凍らないようにするためらしいですよ。

二重高台の志野茶碗の誕生が待たれます。

| 陶 芸 | 10:52 | comments(0) | trackbacks(0) |









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